中国EVと電池メーカーの猛攻【日本の「材料技術」という根幹の強みが揺らぐ】
ヨーロッパの自動車市場に異変が起きています
近年、電気自動車(EV)への関心が高まっていますが、今、ヨーロッパの自動車市場では構造的な変化が起ころうとしています。
主役となりつつあるのは、中国の自動車メーカーや電池メーカーです。この流れによって、これまでヨーロッパ市場で一定の存在感を保ってきた日本の自動車メーカーは、厳しい局面に立たされる可能性があります。
中国メーカーがヨーロッパに続々と「工場」を建設
この変化の中心にいるのが、中国企業の積極的な現地投資です。
まず、自動車メーカーのBYDです。
中国を代表するEVメーカーであるBYDは、ヨーロッパに巨大な生産拠点を次々と構えています。
ハンガリーでは、2026年に年間30万台規模の工場が稼働予定です。
さらにトルコでも、年間50万台規模の工場を建設中とされています。
BYDは、輸出ではなく「ヨーロッパで作り、ヨーロッパで売る」体制を整え、自社ブランド車の本格展開を狙っています。
次に、電池メーカーのCATLです。
EVに不可欠なバッテリーを手がける世界最大手のCATLも、ヨーロッパへの進出を一段と加速させています。
ドイツに続き、ハンガリーでは年間15万〜20万台分の電池を生産する工場を稼働させています。
さらにスペインでは、欧州大手自動車グループであるステランティス向けに、年間7万〜10万台分の電池を供給する工場が来年末に立ち上がる予定です。
これらを合計すると、すでに発表されている計画だけでも約300万台分のEV生産能力に相当します。これは、ヨーロッパのEV需要を十分に満たし得る規模です。
安くて安全な「LFP電池」が普及を後押し
CATLがヨーロッパで主に生産するのは、LFP(リン酸鉄リチウム)電池です。
LFP電池の特徴は、燃えにくく安全性が高いこと、そして一般的なEV向け電池よりも安価に製造できる点にあります。
この安価なLFP電池がヨーロッパメーカーのEVに広く搭載されれば、車両価格は大きく下がります。
その結果、価格面がネックとなっていたEV購入のハードルが下がり、現在やや足踏み状態にあるEV普及率が、再び加速する可能性があります。
日本の「材料技術の強み」が崩れることの重み
これまで日本は、自動車の組み立て技術だけでなく、電池材料や半導体といった「材料技術」において世界的な強みを持つ国とされてきました。
特に高性能リチウムイオン電池の分野では、日本企業の技術が長年にわたって中核を担ってきました。
しかし、LFP電池を巡る今回の動きは、その前提が崩れつつあることを示しています。
まず、「安価な実用性」という分野で完全に先行された現実があります。
高価なニッケルやコバルトを用いた高性能電池では、今なお日本に一定の強みがあるかもしれません。
しかし、EV普及のカギを握る「安価で安全なLFP電池」の実用化と量産では、中国メーカーに大きく水をあけられました。
現時点でLFP電池を本格的に手がけている日本メーカーは、事実上トヨタのみです。
また、日本の電池材料メーカーがヨーロッパ進出を本格化させているという話も、ほとんど聞こえてきません。
この影響は、産業全体へと波及します。
象徴的なのが、東レの例です。
韓国のLGケムは、ヨーロッパで電池工場の増強を進める一方、電池の主要部材であるセパレーター分野において、かつて日本が強みを持っていた技術や設備を東レから買収しました。
これは、日本の材料技術という基盤が、韓国や中国といった競争相手に切り崩されつつあることを意味します。
自動車メーカーの撤退だけでなく、その裾野に広がる多くの材料メーカーにも影響が及ぶ、極めて重い問題です。
ドイツ勢が受ける「手痛いダメージ」
中国勢の進出によって、最も大きな打撃を受けるのが、フォルクスワーゲン、メルセデス、BMWといったドイツの主要自動車メーカーです。
安価で性能の高い中国EVや、中国製電池を搭載した他国メーカーの車が増えれば、ドイツ勢の競争力は確実に低下します。
もっとも、EUは一枚岩ではありません。
ドイツは中国勢の進出に強く警戒していますが、フランスやイタリアなど、自国に工場が建設され雇用が生まれる国々では、むしろ歓迎ムードすらあります。
EU内部でも利害が分かれているのが現状です。
日本メーカーの厳しい立ち位置
そして、この激しい競争の余波を最も強く受けるのが、日本の自動車メーカーかもしれません。
中国勢の安価なEVや高性能なPHEVがヨーロッパ市場で本格的に販売され始めた場合、価格や性能で対抗できる日本車は限られると考えられます。
特に純EV分野での競争は、極めて厳しい状況です。
販売規模の面でも差があります。
日産クラスの規模では、中国メーカーのような大胆なコストダウンは難しく、ホンダも安価なLFP電池を自前で確保できていないため、厳しい戦いを強いられています。
まとめ:正念場を迎える日本勢
2030年、ヨーロッパ市場に残っている日本の自動車メーカーは、もしかするとトヨタくらいになっているかもしれません。
中国メーカーの本格進出と、安価なLFP電池の普及によって、ヨーロッパの自動車市場は大きな転換点を迎えています。
日本の「材料技術」という根幹の強みが揺らぐ中で、自動車メーカーだけでなく、日本の産業全体がどのように対応し、生き残りの戦略を描くのか。
今後数年間の動向から、目が離せません。
